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日本のピアノ100年―ピアノづくりに賭けた人々 [3:音響関連]

 

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オルガン制作に端を発した日本のピアノ製造の歴史をたどった本。戦前は景気の動向や世界大戦にほんろうされ、戦後はピアノの輸出大国になった日本の姿が描かれています。特にヤマハにおける製造工程の変遷が興味深いものがありました。

 


 

◎メモ

・スタインウェイは合理的な生産体制を導入した。木材のシーズニングといった感想技術を科学的に分析して品質管理を徹底していた。

 

・1915年にスタインウェイで1年間学んだ福島琢郎のコメント。

日本のエゾ松で製作する響板は、アメリカのそれとは違っていて、木が堅い。「日本で採れる木のものは、どれも皆何と言い表していいか、 カキクケコ というような音が出る。あちらのは パピプペポ のような音が出て、同じこしらえ方でありましてもそういう風で、日本の木そのものがどうも膨らみのある音が出ない。」

 

 

・日本楽器の川上嘉市の提案で、日本楽器では1920年頃に振動音をマイクで拾ってオシログラフで解析する方法を導入した。

 

 ・大橋幡岩による「シュレーゲル氏報告書より」から。

「日本に産する木材は、大陸に産する木材に比して樹脂多く、かつその生育の状態および性質、組成を異にするが故に、これを響板に使用し、標準的弦の長さを与うるも、予期せる如き充分なる共鳴を得る能わず、音が響板に固着して、いわゆる尻消えとなる傾向あり。」

    →このため、弦をやや長くして問題を解決した。

     ※ピアノ製作の技術指導のため日本楽器に招聘された技師。

 

 

・原信義のコメント

初期の日本のピアノは、特に「側鳴り」、つまり近くで聞けば大きな音がするのに、少に離れると音が割れる欠点がある。

 

・響板の乾燥方法と音の関係

ヨーロッパに留学した杵淵直知は、日本のピアノと西洋のピアノの音の違いは、主に木材の取り扱いにあると考えた。「木というものは野性のもので、それを野性のままでは使えないから、日本では殺し気味にして使う。ところが、ヨーロッパではその野性の特色を生かしながら飼い慣らして使う。」

ヨーロッパでは場合によっては10年以上も木材を寝かすが、日本ではわずかな時間に製品化してしまう。

【例】

[グロトリアン]

10ミリの厚さに仕上がる響板をまず16ミリに製材し、「1センチ1年」といって約1年半にわたって天然乾燥したのち、四週間にわたって40℃に達しない温度でゆっくりと含水率5パーセントまで水分を落とし、それからさらに38-9℃に保ってブラインドを下ろした材料倉庫で六年間にわたって寝かせる。

 

[日本のメーカー]

響板が厚すぎるとピアノが鳴らないことから、製材時で11ミリ、仕上がりで8.5~9.0ミリとするピアノが多く、乾燥の方法にしても、アップライトの普及品の場合、120℃の高温でわずか12時間で含水率を6パーセントまで落とす、といった方法がとられることも珍しくなかった。

 

 ・実験計画法

昭和三十年代前半から日本楽器では「実験計画法」を取り入れていた。また「よい音とは」という命題を定量化するために、「音響心理学」「音響生理学]を使って、計測器では得ることのできなかった芸術的な評価を数値化する方法論を確立していった。

  

 


以前、ヤマハにおけるアコースティックギターの開発について調べていた際、開発の初期メンバーに木本氏、玉有氏といったピアノの開発を経験した方が開発に携わっていたことや、実験計画法を使って構造がギターの音に及ぼす影響を調べたことを知りました。ヤマハのギターにはピアノ開発の技術が大きな影響を与えていたようです。

 


 

日本のピアノ100年―ピアノづくりに賭けた人々

日本のピアノ100年―ピアノづくりに賭けた人々

  • 作者: 前間 孝則; 岩野 裕一
  • 出版社/メーカー: 草思社
  • 発売日: 2001/10/01
  • メディア: 単行本

 

 

 

 

 



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